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左逆行列と右逆行列の一致

こんにちは.simulo(simulo (@simulo_) / Twitter)です.

今日はほぼすべての理系大学生が学ぶ,線形代数の基礎の基礎である逆行列に関する記事です.

逆行列の定義は,以下のものです.

Aを体\mathbf{K}上のn\times n行列であるとする.この時,ある\mathbf{K}上のn\times n行列Bについて, \begin{align} AB=BA=E_n \end{align} をみたすなら,BA逆行列であるという.

この定義を素直に受け入れると,AB=E_nだからといってBA逆行列とは限らないでしょう.なぜならば,AB=E_nであるときにBA=E_nである,というのは正しいかどうかわからないし,仮に正しかったとしても(数が並んだ行列の見方をする限りは)自明ではないからです.しかし,AB=E_nならBA逆行列である,という議論を疑問に思うことなくしてきた方が多いのではないでしょうか.AB=E_nあるいはBA=E_nならばBA逆行列であるということは事実であるので,何気なくしてきた議論自体に問題はありません.多くのインターネット上の線形代数の資料や(少なくとも自分が受けた)大学での授業では,自明ではないこの重要な事実は証明されない,あるいは触れられすらしない傾向にあります.この記事では,その証明をします.

基本変形・基本行列

まず,行基本変形や列基本変形について復習しましょう.証明に使います.

まず,行基本変形とは m\times n 行列に対し,

  1. i行目の c 倍をj行目に加えること(i\neq j)
  2. i行目とj行目を入れ替えること(i\neq j)
  3. i行目を  c \neq 0 倍すること

のいずれかを言います.

同様に,基本変形とは m\times n 行列に対し,

  1. i列目の c 倍をj列目に加えること(i\neq j)
  2. i列目とj列目を入れ替えること(i\neq j)
  3. i列目を  c \neq 0 倍すること

のいずれかを言います.

このように定義したとき,行基本変形の1から3の操作はそれぞれ,行列に左から \begin{pmatrix} 1 & & & & & & \\ & \ddots & & & & & \\ & & 0 & \cdots& 1& & \\ & & \vdots& \ddots &\vdots & & \\ & & 1& \cdots& 0 & & \\ & & & & & \ddots&\\ & & & & & & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & & & & & & \\ & \ddots & & & & & \\ & & 1 & & & & \\ & & \vdots& \ddots & & & \\ & & c& \cdots& 1 & & \\ & & & & & \ddots&\\ & & & & & & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & & & & & \\ & 1 & & & & \\ & & \ddots & & & \\ & & & c & & \\ & & & & \ddots & \\ & & & & &1 \end{pmatrix} をかけることと同じです(実際に計算するとわかる).数字が書いていない要素は全て0です.ただし,1つ目の行列は(i,i),(j,j)番目の要素が0(i,j),(j,i)番目の要素が1,2つ目の行列は(j,i)番目の要素がc,3つ目の行列は(i,i)番目の要素がcであるような行列です.これらには逆行列が存在し, \begin{pmatrix} 1 & & & & & & \\ & \ddots & & & & & \\ & & 0 & \cdots& 1& & \\ & & \vdots& \ddots &\vdots & & \\ & & 1& \cdots& 0 & & \\ & & & & & \ddots&\\ & & & & & & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & & & & & & \\ & \ddots & & & & & \\ & & 1 & & & & \\ & & \vdots& \ddots & & & \\ & & -c& \cdots& 1 & & \\ & & & & & \ddots&\\ & & & & & & 1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 1 & & & & & \\ & 1 & & & & \\ & & \ddots & & & \\ & & & c^{-1} & & \\ & & & & \ddots & \\ & & & & &1 \end{pmatrix} です.実際に左右から掛けてみるとわかります.

基本変形も同様に特定の形の行列を右からかけることに対応していて,それらの行列には逆行列が存在しています.これらの行列を基本行列とよび,基本行列は正則行列(逆行列が存在する行列)であることを示したわけです.

証明

証明に取り掛かる前に,右逆行列,左逆行列という言葉を定義します.

定義
Aを体\mathbf{K}上のn\times n行列であるとする.この時,ある\mathbf{K}上のn\times n行列Bについて, \begin{align} AB=E_n \end{align} をみたすなら,BA逆行列であるという.また, \begin{align} BA=E_n \end{align} をみたすなら,BA逆行列であるという.

すると,示すべき事実は,A,Bn\times nの正方行列としたときに,

BAの右逆行列 \,\, \Leftrightarrow\,\, BAの左逆行列

が成立することであることがわかるでしょう.\Rightarrowさえ示せれば逆は同様に示せるので,\Rightarrowのみ示します.以下,証明の間は常体で日本語を表記します.

nに関する帰納法で示す.n=1のときは明らかに成立している.以下,n>1とすると,A基本変形を繰り返すことによって, \begin{align} C=\begin{pmatrix} 1&{}^to\\ o&A_1 \end{pmatrix} \end{align} という形になる.つまり,基本行列の積で表されるP,Qを用いて,PAQ=Cとなる.ここで,P,Q正則行列である基本行列の積であるので,また正則である.ここで,D=Q^{-1}BP^{-1}とし, \begin{align} D=\begin{pmatrix} u& {}^tz\\ y&B_1 \end{pmatrix} \end{align} と表す.このとき,CD=(PAQ)(Q^{-1}BP^{-1})=PABP^{-1}=PP^{-1}=E_nで, \begin{align} E_n=\begin{pmatrix} 1& {}^to\\ o&E_{n-1} \end{pmatrix} \end{align} \begin{align} E_n=CD=\begin{pmatrix} u& {}^tz\\ A_1y&A_1B_1 \end{pmatrix} \end{align} よって,帰納法の仮定より,A_1は正則で,A_1B_1=B_1A_1=E_{n-1}である,また,z=oと,y=o\ (\because A_1は正則)もわかり, \begin{align} D=\begin{pmatrix} 1& {}^to\\ o&B_1 \end{pmatrix} \end{align} で,CD=DC=E_n がわかる.よって,Cは正則で,A=P^{-1}CQ^{-1}も正則である.

注意

逆行列と右逆行列が一致することを以上のように証明できました.行列の要素が体の元である限りはこの事実は成り立つのですが,行列の要素が非可換環だと一般には左逆行列と右逆行列は一致しないようです.